Minna Kakeru

「みんなきける」の地形学  ピーター・ジョセフ・ヘッド

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最近,この「みななきける」のブログ(で呼んでいいかな?)で植野さんはLil Wayneの音楽を「そびえ立つエベレスト」で例えています。最近僕は「みんなきける」を色々聞いて新しい世界を探検している気分です。この新世界にもいろんなところから見える山があります。それはやっぱり植野さんが今まで産み出してきた数々の音楽の作品の山です。
「そびえ立つエベレスト」まで行かないかもしれないけど、みんなきける大陸のどこに行っても目に入る目印になっています。まず、植野さんがなにかの形で関わっている作品を数えてみたいと思います。

 

まず、「植野」という名字が載っているアルバム表紙は6つあります:Ueno Bosa 2007, Ueno Action, Zayaendo Plays Ueno Action, Ueno Folk 100, Repracticing EP, Moere。テニスコーツのものも入れたら14個になります。更にVenotagashi名義でやっているソロギター3つの作品入れたら何と17個に増えます。でもこれは遠くから見える山の頂上、氷山の一角的、にしか過ぎません。「みんなきける」をどの方向から見ても植野さんの影響はしみじみと滲んでいます。富士山が湖に映るみたいな感じに。と言ったら外国人的な発想かもしれませんが。

「みんなきける帝国」入り口から入ってみます。現在2番目のニューリリースで表示されている「かすみトリオ」の紹介文を見てみます。ギター参加は植野隆司さんです。3番目の「みんなきけるラジオ」のアートも植野隆司さん。4番目〜7番目に関しては、少なくとも表に植野という文字は見当たらないので植野さんは関わっていないとして、一応セーフ扱いにします。8番目はテニスコーツの最近出した遊び心に満ちた、ラップを試みた転換期的な「Changing」という作品に植野さん復活。9番目はまたブランクです。10番目のさやさんのソロ作品にやっぱりギターで植野さんが参加(ソロとテニスコーツの境目をつけることはまた難しいでしょう)。

まあ大雑把にいうと、「みんなきける」の10枚の中に平均として40〜50%植野さんは何らかの形で直接に手を加えていなくても、何か関連があると言っていいと思います。例えば、Yuya Onoderaのユーヤボーヤはテニスコーツがツアーに出て、留守番をしていた時に植野さんとさやさんの家でアルバムを録ったとか、ザヤエンドウは植野さんのUeno Actionのコピーアルバムを作っているとか、植野さんの作曲した曲が何人かのアルバムでカバーされているとか。もしかして、植野さんは「みんな聞ける帝国」では、山というより土台的な存在になっているかもしれません。

個人的にびっくりしたのはUeno Folk 100と Ueno Actionの圧倒的な曲の数です。これこそでかい土の固まりのような重さはあると思います。100曲以上の曲をアルバムに入れるのは非常識ではないでしょうか。どちらのアルバムもどちらかというと軽い気持ちでスケッチ的な感じで作っていたとしても、かなりの量なのである程度徹底しようとした気持ちでやっていたとしか思えません。とことん暇があって、かなり音で遊んでいたというだけではここまで続かないでしょう。一体この発動力はどこから生まれているでしょう?

 

Ueno Folk 100の2曲目に入っている歌の歌詞にいくつかの手がかりがあります。

 

「曲を作ったら、暗い曲ばっかり
歌ってみたら喉が少し痛い
ギターを手にしたらギターを弾くだけ
歌ってみてもどうも馴染めない
君が歌うのなら曲を作りたい
となりでギターを弾くだけがいい
曲が売れたならおれはお金持ち
君が歌うのなら曲をつくりたい」

 

この中からいくつかの動機の説を出してみることはできます。曲のプロダクションを考慮すると「曲が売れたならおれはお金持ち」という説はまず省いてもいいでしょう。「君が歌うのなら曲を作りたい」はさやさんのことでしょうか。きれいに歌ってくれる人がいる動機。歌を作る自分としてとても共感するところがあります。というか、羨ましいところです。でも単に「歌ってくれる人がいるから」だけじゃ表現力が足りないかもしれません。ミューズがいると言っても過言ではないでしょうか。いや、出来る曲は暗くても素敵じゃないですか。「ギターを手にしたらギターを弾くだけ」という「何となくマッスルメモリー的に曲を作ってしまう」という説も動機の立候補として優秀かもしれません。登山家ヒラリーが初めてエベレストを登った時、なぜ登ろうと思ったかと聞かれたときの名言「山があったから」と答えたことを思い出されます。

植野さんは僕にも影響を及ぼしています。彼の「バイババビンバ」で使ったコードをパクって「10年経ったな」という曲を作りました。何人かカバーしている「光輪」のカバーを日本語と英語でやっています。詳しくはそれについてここで英語で書いていますが、歌詞はこういう感じで訳しました:

 

あぁもう ぜんぶやめたいな
ねぇいっしょに帰ろう
最終電車にのれば
もうもとに戻れない
すごい汚い川も
夜はきらきらしてる
ねぇ このままずっと
ねぇ時間がきても
あぁもう すべてはきっと
なんの価値もないんだよ

I, I want give it all up
Let’s, let’s go home together
If, if we get on the last train
Then nothing will be the same
The dirty river
Sparkles in the night
Hey, hey let’s stay stay this way
Hey, hey no matter how times change
I’m sure, I’m sure that we can say
There’s nothing that matters anyway

今後「みんなきける」が植野さんを目印にしてどういう風に広がっていくか気になるところです。いろんなモノが出来て山が見えなくなるでしょうか。いや、僕はモノが増えても山も次第に大きくなっていくのではないか、と思っています。

 

ピーター

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