Minna Kakeru

『Citizen T』のこと  松井至

minna kakeru

慣れない車を運転してはじめての現場にいく。

拒まれるかもしれないし、愛されるかもしれない。

わからない。

わからない、ということだけを伴侶にドキュメンタリーを作りはじめる。

体を解き放って無心に動けたらと願う。

そんな時、決まってテニスコーツの『Citizen T』を聞くようになった。

 

東京オリンピック2020の開会式の次の日だった。

コロナ禍が始まって以来、ほとんど休みなく困窮者支援に奔走する瀬戸大作さん(反貧

困ネットワーク)の車を追いかけていた。

彼の携帯にひっきりなしに入る生活困窮者からのSOS。

所持金は小銭だけ、あるいは何日か飯すら食べていない人たちに現金(民間の基金を設

立して集めたお金)を渡しにいく。

「返さなくていいから。頑張ろう。」と当事者に笑いかける瀬戸さんを最初に撮ったの

は2020年の4月だった。

それが2021年の7月には「生きていてくれてありがとう」になっていた。

もう一年以上緊急事態が続いているのに何も変わらないどころか次々と困窮者を増やし

続けていく社会を背景に、「ヨッ」と声をかけてSOSを出した人の親しい誰かになって

しまう瀬戸さんが浮かび上がる。

 

真夏の太陽の下、郊外のガランとした駐車場で瀬戸さんと困窮者が車の中で相談をはじ

めた。

ここからそれほど遠くない場所でオリンピックが開かれているという事実が、三流SF映

画のように立ち上がってくる。

こんな優しくない社会がいつまで続くのか。

それでも物事が良い方に変わるはずだと信じること自体が嘲笑われている気がする。

「なぜ他人が命を落とすことを止めようとするのですか?」と瀬戸さんに質問してみよ

うかな。

でも僕は、こんな当たり前のことを誰にわからせようとしているんだっけ?

 

瀬戸さんが車を出し、急いでそれを追いかける。

首都高に乗ろうとして彼の車を見失った。

鉄橋、埋め立てられた川、林立する交通標識、追い抜いていく車の群れ、いま何をしに

ここを走っているのかを見失った。

「あーあ」と舌打ちして『Citizen T』を再生する。

 

「夜の終わらない 昼の止まない 朝は来ても来ない」(Dentis)

 

日常の時間の流れを遡るように夜から始まり、昼を過ぎて、朝になる。

それぞれの時間がバラバラに転がっていて、それぞれに永遠に向かって伸びている。

そのどこにも僕は留まることができない。

疑いようもなかった元の日常の時間に戻ることはできないだろう。

終わらない、止まない、来ても来ない、時間の中を走っていく。

どうせならもっと、とりかえしのつかないところまで一人になりたい。

 

「みつみつけた 咲く花 コンクリートに割れた 色だよ 私もそこに生きているみた

い 小さい場所から覗く世界」(Asayo)

 

「靴履かず裸足 からだもむき出し お腹が空いたな 今日は会えるかな」(Citizen T)

 

一人になった後、花に、色に、子供に、猫に<なってみる>こと。

なにもずっと人間でいなくたっていい。

自分をとりまくものたちに溶け出して、わたしがあなたになり、あなたがわたしにな

る。

『Citizen T』で、さやさんは次々に<なってみる>ことを試みている。

そうしてこの世界が「失った」と思った日常を、小さな場所から覗き直し、別の時間を

生み出していく。

凡庸な風景の中の途方もない旅。

遊びのふりをしながら「孤独」を、一人のまま複数になる場所に変えてゆくこと。

 

「もうみんな起きて出かけたあと 想像する 手を振る 大丈夫」(Asayo)

 

「私を待たない光」(Asayo)

 

コロナ禍が始まって以来、僕は東京を這い回っていた。

膨大な言葉で埋め尽くされたSNSから次々と湧いてくる社会問題に呼び出されて映像を

作りまくった。

その間、テニスコーツはライブができなくなり、「みんな起きて出かけたあと」に取り

残された子供のように時代を見送っていたのかもしれない。

それから二人は自分達にだけ聞こえる小さな歌を繰り返しうたって、日常から新しい秩

序を生み出していったように思えた。

『Citizen T』を聞いていると、社会情勢の先端で駆け回っているつもりだった僕は実は

致命的に遅れていたのかもしれないと気付かされる。

コロナで疲弊しながらも日常を生きようとする市井の人々の内にこそ、もう新しい時代

がやってきているのかもしれなかった。

自分がいなくても世界には光が射すと知ること。

「そのくらいは人間を信じなよ」とテニスコーツに言われている気がする。

 

首都高の大きなカーブに差し掛かる。スカイツリー。馬鹿みたいな青空。

次の曲が唐突に始まる。

あるトーンが立ち上がってくる。

そこに浸ろうとすると、テニスコーツはもういない。

意味も、物語も、メロディーも、潔いまでにさっさと手放していく。

そのどこにもない放埒な光。

 

「海のみなみなみ 風もこいこいこ 砂がさらさらさ 潮干狩りがりよ」(On the beach)

 

あふれるオノマトペの質感は、風景に<なってみた>あとに生まれてきたのだろう。

首都高からいきなり潮干狩りに連れて行かれて、今どこを走っているのかも、『Citizen

T』が音楽なのかどうかもどうでもよくなって、思い切り声に出して笑ってしまった。

 

生きてる。

まだ動ける。

自分も。

これから現場で出会うだろう、SOSを出した誰かも。

「大丈夫」。

未来の方から、さやさんの歌声が聞こえてくる。

 

 

ドキュメンタリー『優しくない社会』:

https://creators.yahoo.co.jp/nakagawaayumi/0200066505

監督  中川あゆみ
共同監督・撮影・編集  松井至

 

 

Tenniscoats テニスコーツ / Citizen T 市民 T

https://minnakikeru.com/item/al:vjGOgTeuvK

 

 

 

 

 

 

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